家族団らんはありますか?家族日記とは、家族と向き合えるようになり、家族と会話のできる日記です。

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家族日記

プロフィール

「家族日記」推進委員会 代表   野口康弘(のぐち やすひろ)
私は「家族日記®」アドバイザーの野口と申します。大阪府高槻市在住です。今年(2014年)44歳。結婚10年目で、小学校4年の息子と小学2年の娘がいます。

結婚してすぐに子どもを授かりました。家族が増えた喜びを今もよく覚えています。それからというもの、家族のためにと思い、がむしゃらに働くようになりました。朝6時30分に家を出て、帰りは深夜12時頃。そんな生活を何年も続けていました。

最初は、妻や子どもと顔をあわせる時間がなく、会いたいな、寂しいなという思いがありました。しかしいつのまにか忙しさが寂しさを忘れさせ、“忙しい=こんな仕事を頑張っているんだぞ”という誇りにさえなってました。

それまで見えていなかった家族の危機が表面化したのは、一昨年、夏のことです。妻がちょっとした相談をしてきた時、私は話を半分もきかず、解決策を説明していました。以来、喧嘩を繰り返すようになり、妻を泣かせてしまうこともありました。私は、悪かったと思っても過ちを認めることなく、いつも妻のせいにしてばかりしていました。

ついにある日、妻は家を出て行き、戻ってきた時、初めて離婚を切り出されました。まさかと思いましたが、妻は本気でした。翌朝、子どもたちに「お父さんとお母さんは別れるからどっちについて来るか決めろ」と言っていたのです。

子どもは「なんで一緒に暮らせないの?僕達が悪いことしたからいけないの?なんでもいうことを聞く。だから4人で暮らしたい」という返事でした。妻も私も返す言葉が見当たらず、時間をかけて子どもに説明していくことにしましたが、この時点では、もう離婚しかないと思っていました。

しかし時間が経つほどに「子どもたちになんてひどいことをしているのだろう、この子たちと離れたくない」という思いが強くなってきたのです。そして家族に戻るには自分が変わるしかない、と思い始めました。でも、考えれば考えるほど悩むばかりで時間だけが過ぎ、このまま何もできなければ、やはり離婚なのか・・・という焦りだけが大きくなっていました。

せめて家族でいる間だけでも思い出を残したいと考え、日記をつけることにしました。面倒くさがりで日記を書いたことがない私でしたが、書き続けるうちに自分がどう変われば良いか分かるような気がしたんです。また、自己満足にしないために、家族全員について書くことにしました。先延ばしにした日から3週間後のことです。

しかし家族をないがしろにしてきた私に、妻や子どもが何を考えているかなんて分かるわけがありません。そこで今日何があったかを聞いて、それを書くようにしました。これが「家族日記」の始まりです。

始めた頃は子どもに話しかけても返事がもらえなかったり、妻には「日記をつける意味がわからない」と言われました。しかし、続けていけば「いつかこっちを向いてくれる。会話が出来るようになる」と信じていました。 それから数ヶ月、日記は習慣になり、ふと気がつくと家族との会話が増えていました。晩ご飯の時、子どもから「みんなで食べるご飯は美味しいね」と言ってもらえるようにもなりました。

不器用だった私は、仕事もしながら家族の絆を取り戻すことができず、昨年9月、会社を辞めました。お金、地位、名誉を失い、仕事が生き甲斐だった私は自分を見失いました。

しかし1年後、私は仕事以上に大切なものを見つけました。気がついたといったほうが良いかもしれません。

今、私は人生で一番幸せです。

かつての私のように、家族の近くにいながら会話ができていないお父さんに、私と同じような決断をする前に「家族日記」を知らせたい。家族の絆を取り戻してもらいたい。そんな思いで活動を続けています。